遊び印第11集より


遠い昔、私のことが英文毎日新聞に載りました。世界的に配られたので、その時パンアメリカンのスチュワーデス、ジェラルディン・オコーナーさんより注文がありましたが、年に一度は手紙のやりとりはあるのですが意思が通じません。
やっとお互いの考えが伝わって1998年春、7年ぶりに完成してこんな印ができあがりました。(オコーナーさん、待たせてスミマセンでした)
石川県の人ならほとんど知っている民話「芋掘り藤五郎」。
あるPR企画でこのキャラクターを印にして展開する案を出すことになりました。
しかし、この印のように楽しく笑わず、企画はしぼんでしまいました。
香川純子さんが小さな島(直島)で、プライベートコンサートとアーティストの集まりを主催されました。
私も参加して夢のような時を過ごさせていただきました。
1999年は兎年ということで、この印を贈り物として直島行きの船に乗ったのです。
多摩市の山川陽一さんは学生時代から山登りが大好き。来年は会社生活を卒業して好きな山登りや渓流釣り、写真などやりながら自然の保護活動をライフワークにしたいとか。そんな時、肩書きのない名刺にこの印を捺すつもりです。
呉市の奥原香さんは呉レンガ建造物研究会の会員。レンガの建物に関する保存や、版画などなど、全国1200人ほどが活動しているのです。
浅田夫美子さんはお母さんが亡くなってからお月さんが好きだったと気づきました。そういえば両親はよくお月見に奈良の元興寺に行ってましたっけ。
元興寺は萩の花で有名なお寺。
お母さんはお月さんを見て、上の星は亡父の印しだと生前話していました。そんな「月をながめている印」。
下関在勤の銀行員、本田勝也さんは下関にいる記念として本州と九州を結ぶ関門橋と夫婦の名前を入れて印をつくりました。
99年10月に東京の本店へ転勤が決まり、まさに下関の記念印となったのです。